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世代交代

スクープが生まれるのか、はたまた、直後にサプライズを感じることになるのか、いよいよ新しい元号の発表まで、3日間を切りました。平成改元の経緯に係る公文書について、公開が先送りになることが報道されましたが、厳かな案件だからということもあるのでしょう、読者側は静かに受け取っているように感じます。寧ろ、国民の一人一人すべてに係ることなので、公文書ってどのような扱い方をされるんだ、といったことをひろく知らしめるのに役だっているのではないでしょうか。
 かくいう私自身、この編集室だよりデビューの時に「公文書問題に関心を持っていた」と書きましたが、公文書というものが何で、それらがどのように扱われるのか、など全く知らず、こちらにきて初めて、法律により定められているものであることを知りました。今では、本来の趣旨に寄り添うなら、定義よりはもっと広く捉えて実務に反映した方が好ましいのでは、との想いを強くしています。

さて話戻って、生前中に、かつ、30年ほどで親子間で代わる、ということは、正しく「世代交代」ということに他なりません。生物が、変化する自然環境の中で、生き続けていくための知恵です。このこともあって、人は勿論、生物は、一般的に次に挙げる共通の性質を持っています。
         (1) 基本単位=細胞
         (2) 遺伝 ・・・ DNAを持って次代に繋ぐ
         (3) 代謝 ・・・ ATPという化学物質のエネルギーを利用して様々な活動を行う
         (4) 恒常性(ホメオスタシス) ・・・ 体内環境を一定に保つ仕組みを持っている
         (5) 進化
    そして多様性に裏打ちされながら、38憶年間も生き続きてきたのです。

以下、「世代」という言葉を、同年齢集団として捉えると、所謂「世代論」の話になってきます。同じような環境下での同世代の集団、したがって、その集団の時々のアウトプットも似た傾向を示すことになると思料されます。これが毎年一つずつ年を取り年齢層が上に動いていくこと、そして、遺伝子を介して後の代にも影響を直接及ぼすこと、に思いを致すと、ある世代に外から加えられた圧力(外圧)の影響は極めて大きなものになる、と予想されます。
    この観点から今の日本をみた場合、私は次の2つの視点をもって物事を考えていかなければならない、と思っています。一つは、既にこの編集室だよりでも触れたように、ゆとり教育の影響。これは何もゆとり教育を受けた世代だけの問題ではありません。その間の教育体制・環境(学校教育・家庭教育など)にも大きな影響を与えた、そして与え続けているとみています。昨年NHKドラマでスクールロイヤー[*]のことを初めて知り、びっくりしましたが、この制度が必要になってきた背景にも関わっていると思いました。
    今一つは、今回初めて触れますが、太平洋戦争などで、これからの日本を引っ張っていったであろう多くの有為な人材、そして彼らの遺伝子が失われたことの影響も極めて大きいのでは、と考えています。この2点、機会があれば、「団塊の世代」を見出された堺屋太一先生にぜひとも伺ってみたいと思い続けてきました。しかし、皆様ご存知のように、先生は先月お亡くなりになられました(ご冥福をお祈りいたします)。お目にかかれるチャンスがなくなったので、先生の著書やネット上のインタビュー記事などを時間のある限り読み漁ってみました。しかし、この2点に関して、先生が触れられたものを見つけることはできませんでした。文書管理通信とは直接関係ないことですが、何かご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひご教示下さい。

話変わって、本稿、文書管理通信なので、その観点から「世代交代」ということを考えてみると、記録(文字情報などによる遺伝)の媒体(メディア)に、代替わり(進化)を見出すことができます。行政文書に関する歴史的なことはこれから勉強していこうと思っていますが、取り敢えず、現段階で、近い所を纏めてみますと、まず紙に関して、
         1886年(明治19年);「各省官制通則」による「各省庁の文書管理に関わる統一的な規定」
         1942年(昭和17年);文部省主導で左書きへの統一の決定
         1993年(平成5年) ; 行政文書の用紙原則A版化
    そして、代替わり毎に、事務効率化を意識した改善が施されてきたものと思います。企業では当たり前のQC活動(日々の改善活動)というのが、代替わり毎に行われてきた、といったイメージでしょうか。 
    現在は、電子メディアの技術進歩に応じて、更なる改善(進化)が進行中です。以前は大変だったスキャンニングですら、証拠性など検討すべき点はあれど、今では各自が容易にスマホでできる時代になってきました。更にクラウドコンピューティングのような仕組み(システム)の利用も、アウトソーシングの形を取るなどして急速に広がってきています。紙はなくならないけれども、文書管理システムはどんどん進化し続けているわけです。

最後に、前述した世代に大いなる影響を及ぼしたと思料する2つの外圧は、自然災害ではありません。共に人災です。つまり生物が生き残る知恵が働くこととは別世界の話になります。進化しながら生き続ける、という話ではない、ということです。行き過ぎてしまったら、もう戻れないかもしれない・・・。
    サラリーマン時代、一企業人というだけでなく、ある業界の業界活動にもしばらく関わった時期があります。その折、省庁の壁を超えるためにどうしたらよいか、真剣に考えざるをえない状況に追い込まれました。その時たまたま書店で目にしたのが、発刊直後の「霞ヶ関構造改革・プロジェクトK」(新しい霞ヶ関を創る若手の会著、東洋経済新報社刊、2005年12月8日)。会の代表の朝比奈一郎さん(現青山社中株式会社代表、当時通産省)や副代表の小柴雅史さん(現生駒市長、当時環境省)達のお話を伺い、また彼ら主催による勉強会などにも参加させていただきました。
    常々考えていた「司令塔」が必要だ、ということがそこでははっきりと謳われ、p.114に記されている「管理職職員の内閣による一元管理」ということに共感しました。私自身は数年後、第一線を退きましたので、その後の推移を昨年までまったく知りませんでした。2014年、それが現実のものとなったわけですが、当時の予想とはまったく異次元の世界を生み出してきたようです。先ほど挙げた2点目による人材不足によって、世代交代がうまく進まなかったし、進んでいないからではないか、というのが私の見立てです。公文書の管理に関しても、法律など読み解いていくと、同じ「司令塔」問題に帰着します。
    どうしたら良いのか? 最近、朝日新聞で連載されている「折々のことば」(鷲田清一著)が、「内向きで周囲の声に耳を貸さない人だけが指導者になれるというのは、時代がそこで止まってしまっているからだ。」を紹介していました(2019年3月19日)。オリジンは小説トリッパー2018年冬季号(朝日新聞出版刊)p.278〜p.295に掲載されている「指導者はもう来ない 父権性のてん覆」(橋本治著)。この書の中で、橋本さんは次のように締めくくられておられます。(橋本さんも、先々月お亡くなりになられていたことを先ほど知りました。ご冥福をお祈りいたします)

【 QUOTE 】

もう一人の人間に権力を預けて「指導者」と言うのをやめて、代表者が複数いてもいいあり方を検討すべきではないのでしょうか。手近なところでは、別姓であっても夫婦がうまくやれて、二人で構成するものの代表者を無理に一人に限定しない。そうして物事が円滑に進むように、人間は成熟しなきゃいけないんじゃないでしょうか━━遠いか近いかは分からない未来の話ではありますけれどね。

【 UNQUOTE 】

「文書管理通信」編集委員見習い  樹令(いつき・れい)

2019年3月29日


[*] 「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」 (NHK総合・毎週土曜よる8時15分〜、2018年4月21日〜)
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