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トップ 最新号 > 特集2.昭和の大合併におけるファイリングシステム導入ブームとその推移
2.昭和の大合併におけるファイリングシステム導入ブームとその推移
2−1.ファイリングシステム導入ブームと崩壊
 

明治の大合併の時代は、太政官布告等によって日本における公文書の近代的な概念が整ったと言う意味で、官公庁の文書管理においては重要な時代と言えるが、参考資料が少ないということもあり省略する。

ここでは前章で見た昭和の大合併時代において官公庁の文書管理がどのように変わったのかについて考えてみたいと思う。

 
 

昭和の大合併時の市町村数の変遷については先述した通りである。

合併を契機として、実に多くの自治体でファイリングシステムの導入がなされた。この時期のファイリングシステムの導入とその後の経緯に関して資料2を参照していただきたい。

資料2によると、昭和の大合併が終って暫くの時期に当たる昭和44年6月の段階では、市区町村合わせて924団体においてファイリングシステムが導入されていることがわかる。(昭和44年以前の時点での統計資料が見出せないため、昭和の大合併の始めから一段落するまでの約10年間の間にファイリングシステムを導入し、かつ44年以前にシステムが既に崩壊してしまっている団体については、残念ながら把握ができない。おそらくこれらの団体を含めれば924団体を上回る導入団体数ではなかったかと想像する。)

前掲の資料1から、昭和44年の市町村数がおよそ3,300と推測できるので、その導入率は約三分の一ということになる。

このようなファイリングシステムの構築ブームと言って良い現象が起きた原因を次の2点にまとめてみた。

(1) 合併に際して必然的に必要となる統一ルール構築への要求と文書量の増加
 

それまで合併前の旧市町村が各々のルールで行っていた文書管理の手法を、合併により1つのシステムに統一しなければならない。

また、合併前の団体の文書管理は、多くはシステム化がされていない状態であり、属人的管理下にあったものと推測される。

構成団体個々のこのような文書管理状況の中で合併が行なわれ、その結果「たし算」で合併団体数分の事務量が増加し、また文書量も比例して増加する。

合併直後の時点で、従来の属人的管理の手法ではまかなえない状況がもたらされ、結果として大勢は新たな文書管理手法としてのファイリングシステム構築の方向に進んだものと推測される。

(2) ファイリングシステムの研究の進捗と基礎的条件の整備
 

日本におけるファイリングシステムの先駆的導入は1900年代初頭において既に民間企業の手で行なわれていたと言われ、また関東大震災を契機として民間や官公庁にも普及が進んだと言われている。

第二次大戦後の昭和50年代初めに、当時人事院に在職していた三沢仁氏(後に日本におけるファイリングシステム研究の第一人者)が米占領軍から指導を受けて「ファイリングシステム」(日本事務能率協会)を上梓し、これが日本におけるファイリングシステムの研究と普及の基礎となったことは良く知られているところである。

余談であるが、この時期くろがね工作所とイトーキ両社に対して、国からファイリング用什器や用具の開発研究の要請が有り、そのことが両社のファイリングシステムメーカーとしての出発点となったそうである。(伝聞につき確証なし)

戦後の官公庁におけるファイリングシステムの導入は、終戦直後の1948年に内閣次官会議で、官公庁にファイリングシステムの採用を勧める申し合わせが行なわれたことを嚆矢とするが、終戦直後の混乱期にあっては、この申し合わせをもって普及が飛躍的に進むという状態ではなかったようである。(この項「ファイリング&情報共有なるほどガイド」くろがねファイリング研究所著)による)

政府による上述の「申し合わせ」に類するファイリングシステム普及策は、昭和の大合併に先立ってあるいはその過程でも、上記@の状況を踏まえて、何らかの形で講じられていたものと推測される。

また三沢氏による研究の進捗と「ファイリングシステム」等参考図書の公刊、くろがね工作所、イトーキによるファイリング専用キャビネットや個別フォルダー等の用具の市販など、ファイリングシステム普及の為の基礎環境が整ったことも、ファイリングシステム導入を検討する市町村にとって大きな後押しとなったことであろう。

このような要因により全国の多くの市町村に於いてファイリングシステムの構築がなされたものと推定されるが、資料2に見るように、昭和44年の統計から13年後の昭和57年には、驚くべきことに924団体の導入団体の内、6割強の団体で、システムの崩壊が生じている。

ファイリングシステムの崩壊は団体の規模が小さければ小さいほどその崩壊率が高くなる傾向が顕著で、市区部では36%に留まったのに対し、町村では73%の団体で崩壊が生じている。

この統計値は、ファイリングシステムの構築において、導入はしたもののその後の維持管理が如何に難しいかを如実に示すものであるが、しかしその原因と対策を考えるには、大雑把に「維持管理がうまくいかなかった」から・・と理由付けるだけでは足りない。

このような崩壊を引き起こした問題点を、より具体的に次節で分析してみよう。

   
 
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